白昼堂々

「あ、」
 右耳を触ったルイくんの手に血が付着していた。俺は息も絶え絶えにそれを見ていた。
 ルイくんは後ろ手にティッシュで指を拭いて、俺の脚を抱え直す。
「それ……どうしたの」
 相変わらず息も絶え絶えにそう言った。俺の中のものは硬いままだ。
「一昨日くらいに開けたんです」
「ピアス?」
「はい」
 ゆるく腰を動かされて、会話はすぐに中断された。突かれると勝手に声が出てしまう。ルイくんが気持ちよさそうに目を細める。彼はしばらくそうしていたが、また右耳に手を伸ばした。赤い血が顎の近くまで垂れてきているのが俺にも見えた。
「っ、え、ぁ……、大丈夫、なの、それ……っ」
 心配になって揺さぶられながらなんとか声をかける。
「あっ♡ はっ、ぁ♡ 血、出てるっ……」
「ん、多分だいじょぶ、です」
「でもっ、あっ♡ だめ、たれてるよ、」
 やっとの思いで伝えると彼も傷口を気にして動きを止めた。荒く呼吸を繰り返して上半身を起こす。腹筋が痛むが、それより出血が気になった。
 角度が変わったことで彼のものが抜けて、ローションが繭のように糸を引いた。その刺激に耐えて、ずらされていたパンツを正す。ベッドの上のティッシュを手渡した。
 彼の出血量は想像よりも多く、首筋まで濡れた線が赤く跡を残していた。
 こんなに血って出るものなんだろうか。俺はピアスを開けていないので、この状況の正常性がわからない。
 困ってルイくんを見る。ルイくんも傷口に触れて驚いているようだった。
「大丈夫……?」
「わかんないです。なんか、めっちゃ出てるし」
「痛くはない?」
「痛くはないです」
 ルイくんが片手でティッシュをあてがいながらスマホを手繰り寄せる。じわじわと血が滲んでいくのが見える。彼は少し不快そうな表情だったが、惨状が直接見える俺よりも落ち着いている。
 ルイくんには、たくさんピアスホールが開いていて、いつもシルバーのピアスで耳を飾っていた。長い髪を耳にかけるとよく見えて、かちゃかちゃ音を立てる。キスする時、セックスする時、いつもその音がする。
「俺が開けたとこはそういうことあるっぽいです」
 画面を見ながら言う。
「じゃあ多分、大丈夫」
 俺に向き直る。再開するつもりらしかった。
「血、止まるまで待った方が……」
「あーでも、そんなすぐには止まらないっぽい? です」
 この状況で続ける気である。
「せめてなんか、絆創膏とか」
 そう言うと素直に立ち上がって絆創膏を取りに行く。その背を見て息を吐き出す。大量に血を見て、俺は全然そんな気分ではなくなってしまった。
 絆創膏を貼った彼が戻ってきてベッドに腰かける。
「先輩、服着ちゃったの」
「……だって……、続けると思ってなかった」
「まだイってないでしょ」
 ……そうだけど。
「脚開いて」
 声のトーンが情事の雰囲気を帯びて、俺は結局言う通りにしてしまった。パンツをずらされて、まだぐちゃぐちゃした感覚が残るそこに指を挿入される。
「あ……♡」
「先輩のここ、やわらかい」
「だって、それはさっきルイくんが、ひっ♡」
「ん、俺にエッチに変えられちゃったんだもんね……♡」
 そんなふうにわざとらしく言われながら触られると、気持ちが保てなくなっていく。自分の輪郭がぼやけて曖昧にとろけていく。
 脚の間に勃起した性器をあてがわれる。蟻の門渡りから後孔にかけて浅く擦り付けられる。敏感になったそこに与えられる刺激とゴム越しの感覚に太腿が痙攣して、たまらず声を上げた。
「やっ、それ、や、だっ♡」
「ん……♡ ひくひくしてるの、見える」
「だめ、だめ……♡ う、ひぅっ♡」
「ちゃんと挿入れてほしい?」
 こくこく頷くと、彼が体勢を変えた。
 顔の前で揺れた髪が指で耳にかけられる。隠れていたところが露わになると、絆創膏の大部分が赤黒く色を変えているのが見えた。出血は止まっていないようだった。
 中途半端に高められていた身体に一気に挿入される。
「〜〜ッ♡」
「ふーっ……挿入れただけですごい感じてる、先輩……♡」
「あっ! あ♡ あっ、ぅあぁっ♡」
「うん、きもちいね♡」
「ひうっ、あぁッ……!」
 奥まで突かれてぐりぐりと揺らされる。しばらくそうされて、深い快感で頭がいっぱいになる。
「あっ♡ あぁっ♡ あ゛っ♡ はあっ♡」
「ん……♡ ふぅっ、は、あ……♡」
 彼の絆創膏から血が垂れている。彼が動くたびに耳を伝う線が太くなる。
「あ、血……、ん、ぐっ、あっ♡」
「っ……せんぱい……っ♡」
「んっ♡ あ゛っ♡ あぁっ♡」
「は……♡ ふ、っ、ん……♡」
「だ、めっ♡ っ♡ あッ♡ んあぁあっ♡」
 気持ちいい感覚が短くなる。だめ、いきそう……♡
「んふ、先輩♡」
「あっ♡ あ、あっ! あ゛ッ!」
「ここ、とんとん♡ ってされるとすぐよくなって、エッチな声出て、だめになっちゃいますよねっ♡」
「あぁっ! やだっ、やだ、や、だめぇっ♡」
「いいよ、だめになって……♡」
「う゛っ、あっ♡ ぅあぁッ♡」
「っ、ほら、もっと、全部、どうでもよくなっちゃお……♡ ね?」
「〜〜ッ♡」
 ひっきりなしに喘いでいた口にキスされる。ぶれた視界の中で赤黒いものが目についた。

 後処理をする頃にもルイくんの血は止まっていなかった。
 耳に赤黒い塊が滲んでいる光景は、見ているこちらの血の気が引く。少なくとも耳からこんなに血が出ている人を俺は見たことがない。見ているだけで手が痺れて力が抜けていくようだった。事後の倦怠感を不安が塗りつぶしていく。
「病院行こう」
「え、平気ですよ」
「だって、こんなに血、出るの……」
 彼との温度差にたじろいで、言葉が尻すぼみになる。俺がよほど情けない顔をしていたのか、ルイくんが洗面所の鏡を確認しに立った。
 不安になってついていく。脚を伸ばすと身体が軋んだ。
「固まってますよ」
「ほんと?」
「逆に消毒したりとか洗ったりすると、また出るみたいです」
 スマホの画面と見比べるようにしてそう言われる。恐る恐る顔を近づけると、確かにさっきと違って濡れていなかった。
 止血しているなら少し安心できるけど。
 この子は自分の身体にひどく無頓着なことがあって、心配になる。
 痛々しさにすぐ目を逸らすと鏡越しに目が合う。ルイくんは俺の顔を見てちょっと笑った。誤魔化されたような気がする。
「気持ち悪いもの見せてごめんなさい」
「そんなこと……ないよ。びっくりしただけ」
「うん」
「変だったら病院行って……、ね」
「先輩以外に見られなくて、いいですよ」
「……そっち下にして寝ないでね」
「わかりました」
「ごめん。色々言って……」
「ううん。心配されるの嬉しいですから」
 微妙に噛み合わないやり取りをして洗面所の照明を消す。
 裸足でリビングまで戻る。午後四時を過ぎていた。空腹だった。
 シーツの上に敷いていたバスタオルを洗濯機に入れて、ぎこちなくベッドに腰を下ろす。
 行為の後のふるまいの正解がわからない。疲れて後始末をしてすぐに寝落ちてしまうことが多いので、今日みたいに過ごす時間が少ないのだ。
 少しずつ正気になると、自分と彼の痴態、汚い欲、思い出したくないことを思い出して恥ずかしくなる。
 ルイくんが隣に座ってきた。冷たいお茶を注いだコップを渡してくれた。
「先輩は興味ないんですか、ピアス」
「……痛そうで、怖いかも」
「俺うまいですよ、開けるの」
「うーん……」
 耳たぶをつままれてくすぐったい。身を捩るとお茶の表面が波打って、慌てて口をつけた。
「いつか先輩の耳、開けたい」
 ルイくんが耳元で囁いた。そのまま口づけられて、舌先が耳をなぞる。ぐちゅりと鳴った水音に先ほどまでの行為を想起して、小さく震えた。肩を跳ねさせると、耳元で笑うような息が漏れた。
「かわいい」
「っ……♡」
 吹き込むように告げられると腰がぞくぞくした。ゆっくり舌で内側を撫でられると、頭の中までかき混ぜられているようで、何も考えられなくなる。
「っ、だめ……」
「ん、抵抗しないで」
「こら……」
「俺を受け入れて」
 コップを取り上げられる。顔を近づけられて、彼の瞳の中に映っている自分が見えた。指と指の間をすり合わせるようにして絡められた手をシーツに押しつけられる。
 ルイくんがまた耳元に顔を埋めてきた。吐息がくすぐったくて、身じろぐと腕を押さえつける力が強くなる。
「……先輩」
 耳たぶを食みながら吐息混じりに彼が呟く。
 逃れられない熱。視界の端に映った血の付いたティッシュに、俺は昼に見た殺人事件のニュースを思い出していた。