最近あまり顔を出していなかったサークルの飲み会だった。
飲み会は好きじゃない。就活で忙しい四年生の代わりに三年の同期が幹事をすることになり、頼まれて参加していた。
入学後すぐ、上級生からの勧誘に揉まれて疲れ果てていた頃、映画研究会サークルの雰囲気が気に入った。しかし、久しく顔を出していなかった。顔を出したとて、ミーティングの名目で駄弁ったり、熱心なメンバーは好きな映画を持ち寄って鑑賞し、批評とまではいかない感想を言い合ったりするような、そんな活動ばかりだ。映画にまつわるカルチャーが好きな人間と、なんとなく籍を置いている人しかいない、こぢんまりとした場所だった。
少し離れた席から大きな笑い声が聞こえて現実に引き戻された。今日の飲み会は新入生歓迎会を兼ねている。今時の大学生という感じの、茶髪にブランド物のアクセサリーという装いの男たちがわいわいとテーブルを囲んでいる。このサークルはこんな雰囲気だっただろうか……。俺にとっては箱庭のような居場所だった。陰気な俺でも存在を許されているような、そんな空気が好きだったのに。
俺はあまりコミュニケーションが得意ではない。だから、好きな気持ちだけでゆるく繋がれる空気を気に入っていた。
キラキラした人間は苦手だ。自分とあまりにも違うから、緊張に拍車がかかって何も喋れない。今日はほとんどずっと、メニュー表を見てやり過ごしていた。
テーブルの向かいに座った男は、多分下級生だ。じっと俯いてスマホを触っていた。指にはごついシルバーのリングが光っている。長い黒髪は重く目元にかかって、襟足だけが長い。耳にはピアスがたくさん開いている。……少し怖い雰囲気だ。伏し目がちの睫毛が頬に影を作っていて、整った顔立ちに思わず見入ってしまった。
彼が顔を上げる。目が合ってしまった。やばい。気まずい。
「……えっと、」
思わず口を開いたが何も言葉が出てこなくて焦る。彼の反応を見て、慌てて付け足した。
「あのっ……俺あんまりこういう場に慣れてなくて、その、こんなつまんない奴が前に座ってて、話しかけたり盛り上げたりとかうまくできなくて……すみません……」
脳内に散らばっていた言葉が堰を切ったように口から出てくる。そのうち言い訳が喉に詰まって顔が熱くなった。
「あー……ふふっ」
「へっ!?」
微笑まれた。予想外の反応に大きな声で驚いてしまった。恥ずかしい。彼はそんな俺の反応を見て更に笑った。
「大丈夫です、楽しいです。こちらこそ何話したらいいのかわからなくて、無口になってしまってすみません。……二年の嶽本です」
会釈されて、俺も頭を下げる。
「三年の御崎敬一です。えっと、獄本くん、」
「獄本ルイです。あの、俺、二年からサークル入って」
「あっ、そうなん……だ、」
「はい。だからその、あんま馴染めてなくて。気を遣わせてすみません」
「俺もあんまり参加してなくて。似たような感じかな……」
そう言うと、彼は少し安心したように笑顔を浮かべる。
喋るのは得意ではないのに、無言に戻ってしまうのがいたたまれなくて、大学の話題をぼそぼそ喋った。彼は触っていたスマホを律義にテーブルに伏せる。シルバーのリングが照明に当たってきらめいた。
当たり障りのないやりとりを終えた後、同士であってくれたら嬉しいと思いながら映画の話を投げかけてみる。すると、美術の美しさと不条理な展開がカルト的な人気を誇る映画の名前が返ってきた。俺も見たことある映画のひとつだ。
映画、好きなのかな。
それから、彼に感じていた緊張は少しずつ緩んでいった。
ルイくんとは色々なことを話せた気がする。しかし、飲み会でこんなに盛り上がったことがない俺は気が大きくなって、普段あまり飲まない酒をたくさん飲んだ。気がつけば背もたれに身体を預けてぼうっとするしかなくなってしまった。酔ったのだ。
「先輩。大丈夫ですか」
ルイくんの声が意識の中に溶ける。ああ、ルイくん……。思ってたよりいい子だったのに……。初対面の後輩の前で羽目を外しすぎるなんて絶対呆れられたよな……。
そんなふうに脳内はなんとか回転しているものの、意味のある言葉を返すことができないくらいには頭が重くて眠い。
その後会計の集金があったが、どうやって店を後にしたのかよく覚えていない。俺の腕を引く誰かの体温を感じながら、意識は泥のように沈んでいった。