混ぜるな危険 - 2/2

 ルイくんのベッドからは知らない匂いがした。ルイくんから感じる、香水の香りとはまた異なる。甘いような、落ち着くような、不思議な香りだった。やんわりと押し倒されるとその香りを強く感じて、胸の奥がきゅっと縮むようだった。
「ねえ」
 柔らかいものが唇に触れ、舌が口内に侵入する。
「ん……、っ……」
 思考を置き去りに、身体はどんどん気持ちよくなってしまう。
「ん……、ふっ……」
「ふ、ぁ……♡ はっ……♡」
 上顎を舌先でそっとなぞられて声が出た。
「はぁっ……♡ せんぱい、すき……♡ ちゅ、ん、む……」
 キスの合間に囁かれる熱っぽい言葉で何かが溶けていくようなイメージが浮かぶ。
 ああ、もうだめだ。気持ちいいことしか考えられない……♡
「先輩、おれのこと好き? ね、ちゃんと言ってください……♡」
「う……、すき……」
「本当に? じゃあもっといっぱい……♡ ね……♡」
「……ぅん……♡」
「かわいい……♡」
 ルイくんの手が首筋をさすって鎖骨を這い、滑っていく。
「っ……、冷たい……」
「きもちよくないですか……?」
「……わかんない……」
 胸をぺたぺたと触られる。ルイくんの指がその中心をなぞった。
「っ……!」
「ここ、気持ちいい?」
「っ、ぁ、っ……♡」
 気持ちいい。腰が無意識のうちに跳ねて恥ずかしい。
「かわいい反応しますよね。本当にすぐ気持ちよくなっちゃうんですね……♡」
 指先で執拗に責められて、息が上がる。
「それとも自分で触ったことある?」
「っ……ぅ……♡」
 勘弁してくれ。
 俺は自分でする時、下と一緒に触ることが癖になっている。
「あるんだ。えっち♡」
 耳元で言われてぞくぞくする。
「ねえ、先輩の口から教えてくださいよ」
「っ、やだ、」
「答えて」
「ひ、ぅ♡」
 耳に舌が侵入してきて声が出た。ルイくんの吐息が吹き込まれて、その度に身体がびくびく反応する。何これっ……♡ 脳を弄られているような感覚でおかしくなりそうだ。
「あ、あるっ……♡ あるぅ……」
「どんな風に触るんですか? こう?」
「っ! っ……♡」
「こうやって、指でくりくりしたりとか?」
「あっ、ぁ……♡ ふ、っ♡」
「教えてくださいよ……♡」
「あぅ……♡ それ、やめて……♡ 耳、へん……!」
 肉体に与えられる快感と、自慰について無理矢理詳らかにされていく羞恥で息も絶え絶えに言うと、顔が離れた。
 手は胸を離れて、俺の下着を下ろす。
「わ……♡ 糸引いてる……♡」
「っ……♡」
「いっぱい感じてくれたんですね……♡」
 顔が熱くなる。自分の身体じゃないみたいで恥ずかしくてたまらない。
「すごい……お尻まで垂れてる……♡」
「〜〜っ、言わないで……」
「嬉しい」
 すっかり力が入らなくなった脚から下着を抜き取られる。そのまま少し開かされて、秘部をまじまじと見られる。
「やだ……」
「今更ですよ」
 ルイくんはそう言って笑った。
 ヘッドボードの方に手を伸ばして、何かを手に取る。
「冷たかったらすみません」
 手にはボトルが握られていて、経験がないなりにローションだ、とぼんやりとした頭で思った。
 濡れた指が蟻の門渡りを触る。そこを行ったり来たりして、周りをさすった。
「あっ……!」
 陰茎が覆われて声が出る。もう片方の手は相変わらず後ろを探る。指先が中に入って、背筋が突っ張った。
「どっちも触ってあげますね」
「っ♡ んっ……♡」
 裏筋を擦られながら、後ろで指が抜き差しされる。
「んぅ……♡」
「きもちい?」
「はっ……ぁ♡」
 多分、気持ちいい。息が震える。
「ん、んっ……♡」
 くちゅくちゅという粘着質な水音が前後から不規則に響いて、意識がいやらしいイメージで少しずつ塗り替えられていく。
 射精には至らないくらいのもどかしい刺激がずっと与えられて、下半身の感覚がぐちゃぐちゃになってきた。
 そのうちローションが足されて、指が増える。
「っ……!」
 陰茎を触っていた手が、蟻の門渡りに触れるか触れないかくらいのところで上下した。
「さっきより敏感になってる」
 呟いて、後ろに入れた指を大きく動かした。
「ぅあっ!?」
 彼の指が一点を掠めると、押し出されるように声が出た。
(何、これ……っ♡)
 今までとは比べものにならないほどのーー体験したことのない快楽が全身を貫く。
「あっ!? あ……!」
「ここがきもちいですか?」
「ひっ……♡」
 ルイくんはその部分を集中的に責めてくる。
「あっ、ぁ♡ ああっ……!」
 腰が跳ね上がる。目の前がちかちかする。
(何これ、何これぇ……♡)
 声が止まらない。
「先輩、かわいい……♡」
「あっ、あ、ぅあぁっ……♡ あ、あ……!」
「イきそう?」
「あっ、わかんないっ、なんか、違うっ……!」
 射精とは異なる、未知の感覚が下半身をびりびりと痺れさせる。もう触られていないはずなのに、ずっと前が張り詰めているのを感じる。変だ、こんなの……!
「大丈夫だよ」
 ルイくんはとびきり優しい声色で言った。
「怖くないよ……♡ せんぱい♡」
 その声が脳を麻薬みたいに溶かして、頭がふわふわしていく。
「あ……! なんか、なんかくるっ♡ なにっ♡ だめ……!」
 一際大きな波が来て、身体が制御しきれずがくがくと痙攣した。
「っはあ、はあっ……♡」
 目をぎゅっと瞑って、呼吸を繰り返す。もしかして、イったのかな……。すごい気持ちよかった……。
 でも俺のものはまだ張り詰めていて、先走りとローションでびしょびしょになっていた。
「な、なに……」
「先輩、後ろでイっちゃっちゃったんですね」
 ルイくんが言う。
「初めてなのに。気持ちよかった?」
「うそ……」
 多分、彼が触っていたのは前立腺というところだと思う。あんなふうになるなんて知らなかった。
 ルイくんがまたヘッドボードに手を伸ばして、何かを手に取る。
「もっと奥までしていいですか」
 そう言って自分の下着に手をかけた。手に持っていたのはコンドームだった。
 下着のゴムを弾いて、彼のものが露わになる。ベッドの上に膝立ちになって、それを自分の手で数回擦ってゴムを付ける。彼の白い肌は上気していて、吐息には確かに欲が乗っていた。
 さっき触った時も見たけど、
(おっきい……♡)
 思わず見つめてしまった。彼の見せるギャップにどきどきしている自分がいた。
 こんなルイくん、自分しか知らないのかな。
 そう思うと、何かが胸を満たす。
 ぼうっとしていると先端が押し当てられる感覚があって、びくりと肩を揺らした。
「先輩……」
 熱に浮かされたような目と目が合う。彼の瞳には今、俺しか映っていない。
「今から先輩と俺が一緒になって、どろどろになって……、溶けちゃいますからね……」
「ぅん……♡」
「だから……先輩から、ちゃんと言ってください……♡」
「……はい♡」
 ルイくんの声が催眠術のように俺の言葉を誘導する。無意識のうちに口を開いて、言った。
「……いれて、ほしい……」
「うん♡」
「ぅあっ……♡ あ……!」
 そうして少しずつ、挿入が始まる。
「はぁ……♡ 狭……」
「う、ぅあっ……、あッ、ふ……♡」
 ゆっくりと入ってくる質量に耐えられず、ルイくんの腕を弱々しく掴んだ。
「先輩、大丈夫ですよ……」
 俺の手をぎゅっと握り返す。熱いくらいの体温が溶け合う。
「俺に合わせて、息吐いて……」
 その通りにして、大きく呼吸をする。すると中に入っていたものがさらに侵入して、下腹部が圧迫された。
「はぁ……♡ 全部挿入はいったぁ……♡」
「ぁ……♡ すごい……♡」
 この中に、ルイくんのもの……。
 繋がっているところをぼんやりと見下ろす。
(すごい……)
 本当にセックスしちゃってるんだ……。
「動いていい?」
「あ……、あ……!」
 俺の返事を待たず、ルイくんは小刻みに腰を揺らし始める。セックス、しちゃうんだ……。今からもっとすごいことされちゃうんだ……♡
「あ……♡ あ……! あ、あぁっ」
 ゆっくり前後に動かされるたび、声が勝手に漏れた。
「あっ♡ あ、う、うぅっ」
「っ、先輩、かわい……♡」
「ぅあっ、あっ、」
「ねえ、もっと酷くしていい?」
「あっ♡ やぁっ♡」
「それとも、やめてほしい? どっちがいい?」
(そんなの……、そんなのっ……)
 ルイくんは酷い。
 酷くてずるい。
 肯定のつもりで足先を丸める。
「酷くしてほしいんだ……♡」
 そう言って角度を変えて、さっきの変なところーー前立腺を探る。
「ん、さっきのところ、突いてあげるね……♡」
「あっ……!?」
 ぐっと押し付けられて、大きな声が出た。
「ああっ! あっ、そこ、だめっ♡」
「だめ? いいじゃなくて?」
「いいから、だめっ♡」
「あは、わかんないですよ」
 言いながらぐりぐり刺激される。
「はっ、先輩の中、あったかい……♡」
「うぅ、ひっ……♡ あ、あッ♡ あぁっ♡」
「先輩……好き……♡」
「っ……!」
 びくびくと肉が震えるのを感じて快感に耐える。自分の意思とは無関係に中がきゅっと動いた。
「あ、気持ちいい……♡ ねぇ、今のもっとできますか?」
「ひっ、できない、」
「え〜、やってくださいよぉ……♡」
 律動が再開される。
「ああぁっ、あっ♡」
「先輩……♡ んっ♡」
「あんっ♡ あぁっ♡」
「先輩、好き♡」
「ぅあっ…! あっ、あッ♡」
「あ……♡ もしかして、好き♡ って言われたら気持ちよくなっちゃう?」
「や、わかん、ない……! そんな、っ、ことっ♡」
「せんぱい、好き♡」
「っあ♡」
 また中がきゅっ♡ と収縮した。だめ、変になる……。
「んふ、好き♡ 先輩、好き♡」
「ひっ……♡ それだめ、」
「好き♡ 好きです♡」
「あっ♡ あぁっ♡」
「せんぱい♡」
「はぁっ♡ はぁっ♡」
「すーき♡」
「あっ♡ あぁあっ……!」
「好きだよ♡」
 好きという言葉に反応して、勝手にルイくんのものを締め付けて喜んでしまう。反応が抑えられなくて、押し寄せる快感の波の間隔がどんどん短くなる。
「やっ♡ はぁっ、またくる、またっ……!」
「ん……♡ 後ろでイっちゃいそう?」
「ぅんっ♡ ぁっ、〜〜っ!」
 頭が真っ白になって、喉が引き攣れた。
「あ……♡ 俺も出る……♡」
 ルイくんが掠れた声で呟いて、動きが止まる。
(あ……すごい……♡ 脈打ってる……)
 敏感になっている中がその動きを拾って、下半身がびくびくと動いた。荒く呼吸を繰り返す。
 さっき触られている時と今、後ろで二回イってしまった。
 茹だったみたいに快感でいっぱいになっていた頭が少し冷えて、俯瞰するようなイメージが浮かんだ。
 たくさん好きと言われて、何かが満たされて。それでたくさん気持ちよくなってしまった。
(ルイくんは、気持ちよかったかな……)
 顔を見上げると、射精の感覚に感じ入っているようだった。少し汗ばんでいて、長い髪が乱れている。
「……ルイくん、好き……」
 無意識のうちに呟いていた。
 ルイくんと俺は、同じ穴の狢なのかもしれない。
 人から好意を向けられると、認められたみたいで嬉しい。嬉しくて、安心する。
 そして、その気持ちを確かめ合うことは、自分はそれを与えられる人間だという有用性を示せるみたいで。
 そういうルイくんに対して、身体を繋げる前までは、少しだけーー少しだけ憐憫の気持ちを抱いていた。
 でも、わかった。わかってしまった。そして好きと言いたくなった。
「……俺、ちゃんとできてましたか」
 ルイくんが気遣わしげな表情でこちらをうかがう。
「ん……」
「ほんと? 無理してない?」
「ちょっと疲れた……」
 声が掠れていることに気づいて唾を飲み込む。彼は最中の余裕と異なり、不安げに瞳を揺らしていた。
「俺、嫌われるようなことしてませんでした? ……ていうか、絶対してたと思うんですけど」
 ぼんやりとしていた頭に早口の言葉を叩き込まれた。勢いに圧倒されて彼の顔を二度見する。
「た、多分大丈夫……」
「ならいいですけど……本当……」
 ゴムを外しながら覇気のない声で言う。何……!?
 訝しげな俺の様子を受けてか、俺の下腹部を拭いながらぽつぽつと話す。
「……なんか、俺にとって都合のいいことばかりだから……この後絶対、悪くなるのかなって……」
「え、ええ……」
 情緒が不安定すぎないか。事後の倦怠感に一気に暗雲が立ち込めていくような気分だ。
「……先輩が好きって言ってくれたの、嬉しいし。だから……、」
 ドン引きしている俺を見て、ルイくんがさっと顔色を変えた。
「ご、ごめんなさい! 俺、変なこと言って……う、うああっ、」
 ついていけない。そう、ついていけないのだ。ルイくんにはついていけないと、出会ってからずっと思っている。どうしよう、とも思っている気がする。
「……えっと……」
「あの、あの、取り消してください」
「っ、わかった……」
 すごい勢いで言われてとりあえず頷くことしかできなかった。なんなんだ、本当に。
 それからルイくんは俺の身体を丹念に拭いて、「シャワー浴びましょう」と言う。
「うち、追い焚きあるんですよ」
 自分で気持ちをリカバリーできたのかすっかり楽しげである。お湯張ってきます、と言って浴室へ向かった。
 やっぱり彼のことはよくわからない。理解できたと思ったら、すぐ理解できなくなる。俺の知らない俺を暴いて、それなのに彼の機嫌はいつまでも知ることができないままだ。
 俺といる時は、満たされていてほしい、かもしれない。なんとなくそう思ったら、自分がかなり籠絡されていることに気づいた。
 結局ルイくんは、なんで俺を相手にしているんだろう。やっぱりわからなくて、浮かれた頭が翳った。
 ……今は考えるのをやめよう。全裸で考えることではないだろう。何もかも馬鹿馬鹿しくなってくる。
 俺は脱ぎ散らかした服と下着を手に取ることから始めた。