部屋の中にぐちゃぐちゃと水音が響いている。
「うわ……こんなところも開発されてるの? すぐ柔らかくなった」
杏くんは床に散らばった中にあったローションを勝手に手に取って、俺のアナルにいきなり指を挿入した。俺を組み敷く脚から逃れようともがくが、敏感な部分を触られているため大きく動けない。
昨日も自分で慰めていたそこはすぐに彼の指を受け入れて、あられもない声が勝手に出てしまう。
「ひっ、っ、あ……! うぅ、」
「……」
「やめ……、やめてよぉ……」
「なんで?」
手を止めずに淡々と訊ねてくる。突き立てられた指の動きが速くなって、自由な方の手で咄嗟に口を覆った。
「ふーッ、ううう、ん……! ううっ♡」
「……ねえ、もしかして付き合ってる相手って男?」
「ちがっ……あっ! んぅッ……!」
「じゃあ何? なんでここ、こんなになってんの?」
「んっ! ふっ……♡ あ、あ……!」
「それともおにいの彼女ってそういう趣味なの?」
「ひっ、それ、は……、うぅっ……♡」
言い淀むと、杏くんが眉根を寄せる。
「……まあ、どうでもいいけど」
「あぁッ!?」
ぐりっと前立腺を刺激されて脚がピンと伸びた。
その反応を見て杏くんが意地の悪い笑みを浮かべる。
「あ、もしかしておにいがそういう趣味なの?」
「やっ……そこだめ……! きょうくん、っあぁ♡ やあっ♡」
喉を反らして喘ぐと、ぐっと顔を近づけてくる。顔を見れなくて目を強く瞑ると、耳元で囁かれた。
「変態」
低く掠れたそれは、俺の知らない杏くんの声だった。俺は思わず中の指をぎゅうっと締めつけた。
「あ、締まった……あはは、ほんとにそうだったの?」
「やだ、ちがう……! ちがっ、あぁ……♡」
「変態」
情欲を忍ばせた視線で射抜かれて、身体は再び勝手に快感を拾う。
「ひぅっ!? ぅあっ♡ やだっ、なんで……俺、うぅっ♡」
だって、杏くんが相手なのに。幼馴染なのに……。
(ほんとに、ほんとに俺、変態みたいだっ……♡)
感じ入った身体はびくびくと痙攣する。快感を逃せなくて、爪先がフローリングを掻いた。もどかしくて辛い。
指が引き抜かれて、その感覚にも背筋が震える。解放される、と顔を上げると、杏くんがズボンの前を寛げているのが見えた。 何をしようとしているのか察して、熱を持った身体が強張った。
嘘、俺、このままじゃ犯されちゃう……。快感でぼんやりとした頭で理解する。抵抗しようと、肘を立てて後ずさる。
「や、きょうく、まって……! やだ……!」
「待たないよ」
足首を掴まれてがばりと開かされて、みっともない姿勢を取らされた。
「ひっ……! やだっ、いやだよぉ……」
「俺が、上書きする……」
杏くんのものはガチガチに勃起している。それを押し当てられた。
「や、やめて……嘘だから……! 彼女って、うそ、だからっ……!」
情けなく懇願するが聞き入れられない。杏くんはちょっと押し黙る。
「ごめんね、おにい。でももう戻れない」
杏くんのものが中に入ってくる。
「~~っ♡」
「っく……」
指や道具とは違う、ひどく熱を持った質量が侵入してくる。自分で拡張していたおかげで痛みは少なかった。ただパニックからうまく息ができない。
必死で息を吸うと、杏くんの匂いに包まれた気がした。杏くんのことが怖いのに、記憶にあったその匂いに安心して身体が弛緩する。
「っ……おにいの中、きもちいよ」
「はーっ、はぁっ……♡」
「いっつもこうしてるの?」
「っ、違う……っ、あぁっ!?」
中のものが動いて大きな声が出た。杏くんは髪を耳にかけると、本格的にピストンを始める。
「はっ、はっ……、ん、ふっ……」
「あっ♡ あぁっ♡ あっ、んあぁっ!」
「さっき嘘、って言ったけど……、あれってどういう意味?」
「ぅあ♡ そ、れはっ、あっ!? そこっ……! だめっ♡」
「ねえ、教えてよ」
「あぅっ♡ あ゛っ♡ っ♡」
「教えて」
「あ゛っ! ぁあッ♡ いうっ……! いう、からっ! 止まって、やあ゛っ……!」
杏くんの動きが止まる。もうほとんど泣きそうだった。
荒く呼吸を繰り返して杏くんを見上げる。杏くんは眉根を寄せた、苦しそうな、興奮しているような、そんな余裕のない表情をしていて、胸が場違いに締めつけられた。
「俺が、自分でしてた……! 一人でしてたの……、恥ずかしくて、言えなかった……うぅ……」
杏くんの喉仏が上下するのが見えた。
「……それ、ほんと?」
「うん……」
だから、もう許してほしい。期待を込めて見つめると、杏くんは俺の胸元に手を伸ばした。
「あっ!?」
服の上から乳首を抓られて声が出た。開発済みのそこは簡単に快感を拾って、硬くなってしまう。
「おにいは一人で性欲持て余してたってこと?」
「そんな、言い方っ、」
「おにいのこと、ずっと好きだったよ。ずっと俺がめちゃくちゃにしたかった……」
「っ……」
「でも……ずっと俺は、おにいにとって幼馴染のままで。だからいつか、俺がおにいに思ってるのと同じくらいの気持ち、覚えさせて、俺から離れられないようにしたかった……」
やめてほしいのに、熱に浮かされた視線に絡め取られて目が離せない。
「なのにおにいは、俺のこと置いて……、しかも一人でどんどんエロくなっていって……」
顔が近づいてくる。彼の髪がぱらぱらと落ちて顔にかかった。
「淫乱」
再び腰を突き上げられる。いきなり貫かれて、目の前がチカチカと瞬いた。
「ひぎっ……!?」
「誰かに犯される準備して待ってたの?」
「ちが、うっ! あっ♡ あぁ……! あぁあっ♡」
「処女のくせに、はぁっ、こんな反応してっ……! くそっ、はあっ♡」
杏くんの言葉は酷いのに、俺の身体は呼応して反応する。
彼が俺に欲情しているという背徳的な状況に、興奮してしまう。
受け入れざるを得なかった。気持ちいい。俺は、変態かもしれない……♡
他人の体温が心地よい。自分の意思とは関係なく突き動かされる感覚が、次第に頭の中を塗りつぶしていく。
「っ、絶対、やめないから……、絶対、やめてなんか、あげない!」
「〜〜っ♡」
弱いところを執拗に擦られて腰がガクガク震えた。背筋が弓なりに沿って、もう何も考えられない。
「あっ♡ ぅあっ♡ あ゛ぁあっ♡」
「初めてなのに、無理矢理されて気持ちよくなって……! マゾ、このっ、マゾっ♡」
「あっ、あぁっ♡ い゛ッ、ひぅう……っ!」
杏くんに責められる度に大きな波が来て、思考が押し流されていく。
「ああっ♡ もうっ……! うぅっ♡ だめぇっ!」
「はぁっ、はぁっ、あはは、何これ? 女の子が使うやつじゃん」
杏くんは床に散乱した物の中から電マを取り上げて、電源をオンにした。
音を立て始めたそれを、情けなく揺れている俺のものに押し当てた。
「あ゛あ゛ぁ~~ッ♡」
先端に強い刺激が与えられて大きな声が出た。ぎゅうっ♡ と後ろを締めつけて、俺を犯す杏くんの存在を強く感じてしまう。
「っ、俺、もう出そうっ……♡ ごめん、おにい、ごめんっ……♡」
杏くんの性器が抜けて、太腿に熱いものがかかった。
「あぁっ……♡ あ、や……」
びゅく、と精液が俺の肌を汚すのを、快感で曇った頭で他人事のように眺めていた。
俺は絶頂を迎えられなくて、それどころではなく身体の芯が疼いている。
昂った身体はぴくぴくと浅く痙攣していて、辛くて杏くんを見上げる。彼は浅く呼吸を繰り返しながら、俺の表情に気がつくと口の端を釣り上げた。
「なに? まだ満足してないの? ほんとエロいね」
「うう……」
ぶぶぶ、と放られた電マの音が響いている。馬乗りになった杏くんが姿勢を変えて、フローリングがぎしりと音を立てた。
俺の頬に手を添えてゆるゆると撫ぜていたけれど、ふと真顔に戻って覗き込むように見つめてきた。
「ねえ、おにい。俺のこと、絶対許さないでね」
「……」
「おにいと俺の関係を壊したのは、俺だから」
小さな声でそう言われる。
「おにいに酷いことしたのもわかってるし……」
「っ……それは……」
最中の恐怖をまた思い出す。でもそれだけではない感情で胸がずきりと痛んだ。
「だから、俺のことは嫌いになって。俺のことで、苦しんでよ。俺が全部悪いんだから」
「……」
「俺を憎みながら生きてよ」
そんなことできない。
杏くんは酷い。受け入れて終わらせることも許してくれない。
「……ずるいよ、きょうくん」
俺の声は随分と掠れていた。
「……知ってる。俺はおにいが思ってるような人間じゃないんだよ」
「……」
「おにいにとっての俺の居場所を手放したくなくて隠してた……でも、おにいのことを征服したくてたまらなかった。ずっと、こうしたかった」
触れるだけのキスをされる。
「だから、もっとしよ、おにい……」
杏くんの唇は、熱っぽい言葉と裏腹に少し冷たくて震えていた。