therapy

 スマホにメッセージの通知が来たので確認すると、後輩からだった。
『先輩』
『もう全部だめです』
『消えたい』
 少し考えた後、家を飛び出した。送ったメッセージに返事が来なかった。
 不安になった。彼がよく口にする「死にたい」が今度こそ本当になったんじゃないかと思った。
 少し息を切らせて彼の住むマンションに着く。チャイムを鳴らすとドアの向こう側で物音がする。鍵を開ける音と、U字ロックを外す金属音が続けて聞こえる。
 隙間から見えたのは、ぐったりした様子――でもない、ルイくんだった。
「あ……」
 当てのない声が漏れる。
「……先輩?」
「え……あ……あの、」
 なんと声をかけたら良いのだろう。ぐるぐると考えていると、「ああ」と呟き、「どうぞ」とドアを開けた。
 とりあえず急を要する事態ではなかったであろうことにほっとした。ぎこちなくスニーカーを脱いで、どう口を開こうか悩んでいると彼が言った。
「……さっきはほんとに死にたかったんです」
「あの、じゃあ……」
「その瞬間は本気で死ぬ気でした」
「あ……」
 俺が身体を硬くした空気を悟ったのか、ルイくんが表情を緩める。
「今は大丈夫になりました」
「……そうなんだ……」
 そう言う他ない。
「よかった……」
 息を長く吐き出す。
 それでも心配なものは心配で、部屋を見渡した。変なものがないか確認しようと思った。
「ほんとに来てくれて嬉しい」
 背後から抱きしめられて肩が跳ねた。
「心配しました?」
「……うん……」
「嬉しい」
 耳元で囁かれる言葉がくすぐったくて、少し身を捩る。
「……俺が死ぬかもって思って心配して来ちゃった?」
「うん……」
「そう思うならちゃんとそう言って」
 似つかわしくないくらいずっと甘えたような声色で、少し違和感をおぼえた。
「ごめんなさい、嘘ついて」
 嘘?
「……ちょっと試してみただけなんですよね。俺のことちゃんと好きかなって思って」
 どういうことかわからなくて振り返る。視線が合うと彼は目を細めた。
「えっ、あ……嘘……」
 嘘ってなんだ。
「嘘っていうか、さっきはほんとに死にたかったし」
「っ……」
「ちゃんと俺を一番に考えてくれてるなら、心配してくれるかなって思った」
 頭がじわじわと言葉を理解して冷えていく。
「なっ……なんでそんなことするの……!」
 思わず大きい声を出した。
「どうして怒るんですか?」
 ルイくんの表情からは悪意のようなものは一切読み取れなかった。むしろ嬉しそうだった。
「だって、本当に……本当に心配したし……!」
「俺がいなくなったら先輩は寂しい?」
「寂しいっていうか……!」
 話が噛み合わない。
 彼は死にたいと嘘をついて俺の気持ちを試したらしい。嘘に振り回されていた事実にただ傷ついた。
「……寂しくないの?」
 ルイくんの声色が変わる。見上げると、少し不満そうな表情をしていた。
「そういうことじゃなくて……、」
「じゃあ言ってください。俺がいなくなったら寂しいって」
 語気が荒くなって、腕を掴まれる。たたらを踏むと、壁に押しつけられて背中が痛い。
「なんで怒ってるの……!?」
「いいから早く」
 強い口調で言われる。気圧されてその通りに口を開いた。
「寂しい、です……」
「もう一回」
「……ルイくんがいなくなったら寂しい……」
「うん♡」
 ぎゅっと抱きしめられる。ころころと変化する彼の様子に乱されて、言いたかったことが喉に詰まる。
 本当に最悪の想像をして胸が苦しかった。
 それなのにそんな嘘をつくのか。
 ルイくんは、俺が彼の喪失に悩み、苦しみ、抵抗し、惜しむのかどうか、その真剣さを安全圏から確かめようとしたらしい。それもひどく不健全な方法で。
 ひどい。決して安定しているとは言えない彼を、いつも俺なりに気遣って心配してきた。俺なりに真剣に、彼の死にたさに向き合ってきたつもりだったのに。
 ……いや、俺が悪いのだろうか?
 正直ルイくんと俺が想い合う気持ちはまったく釣り合っていない。ルイくんがどうして俺にひどく執着するのかよくわからない。わからないから、だから彼は満たされなくて、こんなことをしてしまうのか。
 彼は、満足するまで死にたがるのだろうか。
 また思考に呑まれてしまっていたら、ルイくんが首元に顔を埋めてきた。耳たぶにも内側の軟骨にもたくさん開けられたピアスが視界に広がってピントが合わなくなる。ロブの拡張された部分を見るのがいつも少し怖い。
「ねえ」
 そのまま首筋をねっとりと舐め上げられた。突然のことに大きく反応してしまう。
「先輩の寂しいって気持ち、俺が埋めてあげます」
 恍惚とした声が脳にしのび込んでくる。
「先輩のこと、もっと俺でいっぱいにしたい」
 ……とても大事なことを考えていたのに、なぜかルイくんの声を聞くと頭がぼうっとしてくる。ルイくんの声は……いつも気持ちよくて、不思議で、少しずつ、俺の耳から身体の内側を書き換えていく。
 ルイくんは俺の脚を割り開いて、服の上から陰部に太腿を滑り込ませた。
「あっ……!」
 そのまま上下に動かされて声が出た。刺激されて、否応なしに身体は快楽に征服されていく。急所を強く押されると抵抗できなかった。
「きもちい?」
「っ……」
 俯く。だめだ、このままではまた流されてしまう……。
 彼は楽しそうに笑って、ぐりぐりと脚を押しつけてくる。
「ぁあっ……!」
 暴力的な快感に腰が跳ねた。それすらも押さえつけられて、気持ちよさから逃げられないままただ身を捩る。
「女の子みたいにぎゅ~ってされて気持ちいいんだ」
 そんな言い方をされても、それが事実のように思えてきて思考が徐々に麻痺していく。
「恥ずかしくないよ。俺が全部受け止めてあげる」
「……」
「俺がいたら寂しくないよね?」
「……ん……」
「……嬉しい」
 キスされた。逃げ場がないから動けなくて、呼吸が全部奪われてしまう。
「ふあっ……ん……っ」
 舌を絡ませたまま、膝でぐりぐりと押される。だめ、刺激、強すぎる……!
「んうっ……♡」
「はあ……」
 力が抜けてしまうけど、ルイくんの脚によって壁に縫い留められたままだ。
「先輩、もう立ってられない?」
 唇を離したルイくん囁く。頷くとそのまま腰を抱き寄せられて「ベッドでしよ」と告げられた。
 腰に手を回されたまま、歩幅についていけなくて、もたれかかるようにしながら痺れた下半身でよたよたとついていく。
「先輩はずっと俺と一緒にいてね」
「う……♡」
「大好きだよ」
「……俺も、好き……」
 彼がご機嫌そうに笑う。それを見ていたら、頭がふわふわして、気持ちいいことへの期待と、幸せ、みたいなもの……しか考えられなくなってしまった。
 ベッドに押し倒される。近づいてくる唇に吸い寄せられるように唇を重ねた。
「ん……ちゅ……♡」
「……ぅ……んむ……」
 唾液を交換するように舌を絡められる。唇が離れると糸が引いて切れた。
「飲んで」
 言われた通りにすると、上下する喉をルイくんの人差し指がすりすり撫でた。
「かわいい」
 彼の指がそのまま首筋をなぞる。
「先輩、死にたい」
 ぽつりと呟かれる。
「癒して」
 首筋に顔を埋められた。髪がくすぐったい。俺は恐る恐る腕を回して抱きしめた。
 彼が俺の下肢に手を伸ばして服を寛げる。
「俺の死にたいって気持ち、先輩がセックスで癒して」
「あ……」
「先輩の中で俺のことよしよし♡ ってしてもらって、もうなんにもわかんなくなりたい……」
 ローションを纏ったルイくんの指が陰部をさする。そのまま挿入された。
「っあ……♡」
「先輩の中、あったかい……」
 ゆっくりと抜き差しされる。ぐちぐちといやらしい水音が響いた。たまらなくなって喉を反らす。
「前触ってないのにちゃんと気持ちよくなってる」
「~~っ……♡」
「上手」
 褒められて、恥ずかしいはずなのに嬉しい。
「っ……はあ……♡ う……」
「俺の指、どんなふうに動いてるのかわかる?」
「ん……♡」
 中を押し広げるように指を動かされて声が出る。身体は正直に反応している。
「はぁ……早く挿入れたい♡」
 ルイくんが熱っぽく呟く。その言葉だけで感じてしまう。
 しばらく中を拡げられて、下半身の感覚がぐちゃぐちゃになってきた。手がやっと離れる。彼は衣服を下ろして、自分のものを取り出した。慣れたようにゴムをつけるのを他人事のように見る。
 入口に当てがわれて、立てていた脚がびくりと震えた。
「えっちしよ、先輩」
「……うん……♡」
「うん♡」
「……あっ……♡」
 馴染ませるように腰を揺らされながら侵入してくる。
「はぁ……あつ……♡」
「あ……あぁ……♡ は、はいって……うあっ……♡」
「そうですよ……♡ 先輩の、好き♡ って言われると好き好き〜って教えてくれる敏感な場所に入っていきますよ……♡」
 浅いところでゆるゆると動かされる。それだけでたまらなくなって大きな声が出た。
「あっ! あ……! あうっ♡」
「中、だんだん受け入れる準備できてきたね……♡ 上手♡」
「あっ♡ はっ♡ はあっ……♡ んうっ!?」
 いきなり奥まで貫かれた。
「や、ああッ♡」
「ん……♡ 先輩の中すごい……♡ きゅうう♡ って締めつけてくる……♡」
「うあっ♡ ああっ♡ ああっ……!」
「俺のこと気持ちよくさせよう♡ ってがんばってる……♡」
「はーっ♡ はーっ……♡ ふ、あぁあ……♡」
「嬉しい」
 彼の言葉で、自分の身体の反応がひどくいやらしいものに思えてくる。でも、その羞恥が快感を増幅させて気持ちいい……♡ 刺激に感じ入るようにびくびくと中が動いた。
「あー……♡ すっごいとろとろできもちいい……♡」
「あ、あ♡ ん、うぅう……♡ っ……♡」
「頭おかしくなっちゃうかも……♡」
「はあっ♡ はぁ……♡ あぁあ……♡」
「このまま、自分勝手に動いたらどうなっちゃうのかな……♡」
「……?」
「先輩のこと、俺専用のオナホにしちゃって……俺だけが気持ちよくなって、俺が癒されるだけの自分勝手なセックスしちゃったら……どうなるんだろ……♡」
 ルイくんが恍惚と呟く。ずるりと音がしそうなくらい中のものが動いて声にならない悲鳴が漏れた。
「ねえ、先輩のことめちゃくちゃにしたい……♡ めちゃくちゃにして、もうすっごいことになって、俺もぐっちゃぐちゃになるくらいのエッチしたいなあ……♡」
「や……♡ そんな……♡」
「……ねえ。したいな……」
 頬に片手を添えられて無理矢理視線を合わせられる。身体中が彼に支配されているような感覚だった。
「あ……う……あ……♡」
「俺の生きるのやだって気持ち、忘れさせて……」
「っ、」
「ね?」
 腰を持ち上げられて、角度をつけて強く突かれた。
「あぁッ!」
「んっ……♡ せんぱい♡」
「い゛ッ♡ あ゛っ、あぁあっ♡」
「ここっ……♡ 好きなとこだよね♡」
「あ゛っ♡ だめぇっ♡ やだっ……!」
 ルイくんは太腿を抱えこむようにしてさらに腰を深く打ち付けた。
「はぁっ♡ あ゛あぁっ♡ あぁっ♡ あ、んあっ!」
「すごっ……♡ なか、やば……♡」
「ああっ♡ あっ♡ あ゛ぁっ!」
「俺のかたちに合わせてっ……覚えてきてる……♡」
「あっ♡ あぁっ♡ い゛っ♡やあ……っ!」
「嬉しい♡」
「だめっ……! だめ、あ゙っ♡ あぁっ♡」
 本気のピストンに目の前がちかちかする。呼吸がうまくできなくて、酸欠と快感で頭が真っ白になった。
「〜〜ッ!」
「はぁ♡ 先輩、イってるの? 中すっごい痙攣してる……♡」
「あ♡ いってるぅ♡ い゛ってる、からっ♡ 待って……っ!」
「かわいい♡」
「あぁあっ♡ あ゙あ゙っ♡ やっ♡ とまっ、てぇ♡」
「はぁっ♡ 締まってるっ♡ 先輩の中気持ちよすぎ……♡」
「また、ぅあッ♡ くるっ♡ きちゃうからぁっ……! あっ♡ だめっだめ、〜〜っ!」
 大きく背中が反る。処理しきれない快感に襲われて、すごいことになってる……♡ 中がきゅんきゅんと収縮してルイくんの形を感じる。なのにルイくんはその媚肉をかきわけるようにまだ動き続けた。
「先輩♡ 好きだよ♡ 大好き♡ 先輩のこと愛してる……♡」
「あ゙あっ♡ あっ♡ あっ♡」
「だからもっと一緒にいて♡ ずっとこうして、なんにも考えずにいたい……♡」
「んあ゛ぁっ♡ わかっ、わかった……♡ あ゛ぁっ♡ ずっと、いるっ♡ うぅっ♡ いっしょにいるぅ♡」
「ほんと?」
「ああっ、っ♡ ぅん……♡」
 ルイくんが嬉しそうに微笑む。
「はあ……♡ うれしい……♡」
 脈打つのを感じて、彼が果てたことを感じた。その動きに合わせて敏感になった中が勝手に動いて、腰だけが別の生き物のようにがくがくと動いた。
「あ゛、あぁ……♡ あ、ぅ……♡」
 絶頂の余韻で勝手に涙が出て視界がぼやける。ルイくんは射精の最中も小刻みに腰を動かしていて、それがすごくいやらしく感じられた。
 ルイくんはゴムを手早く片付けて、また俺を抱きしめた。
「敬一先輩……」
 耳元で甘く囁かれる声が心地いい。ぼんやりと、行為に至るまでの彼の様子を思い出していた。
 彼は満たされたのだろうか。
 他人の愛情を確認しないと自分を保てない彼が、少しかわいそうだった。そして彼が巨大なそれを今求める相手は、どういうわけか俺だ。
 でも、俺が彼のことを助けてあげられるのかもしれないと思ったら、暗いものが胸の中で揺らめいた。
 甘えるようにすり寄ってくる彼に、優越感みたいな気持ちを抱いてしまったのだ。
「先輩……」
 唇が重なる。
「好きです……♡」
「うん……♡ おれも好き……♡」
 でも今は、このぬるま湯のような快楽にからめとられてしまおう。
 舌を差し入れられて、応えながら考えるのをやめた。