薄明は赤い呪い - 2/2

 口をゆすいで洗面所を後にする。もう何もしたくなくて、部屋の端のベッドまでふらふら歩いてそのまま倒れた。頭痛と重力が強くのしかかってきて、目を閉じた。
「先輩」
 重くなっていく瞼をこじ開けて彼の顔を見上げる。
「大丈夫ですか? まだ具合悪い?」
「……ごめん。もう大丈夫……」
 それより、精神的なショックが大きくてしんどい。隣に座った彼が俺の襟足のあたりを弄ぶように撫でているが、されるがままになっていた。
「せんぱい」
 彼の手がそのまま頬に触れる。意図がわからなくて見上げると、俺の上に跨るようにすり寄ってきた。
「だめ、だよ……」
「なんで」
「……吐いたから。キス、気持ち悪いでしょ……」
 それにそんな気分ではなかった。自業自得だけど。
「いいです。そんなの。……俺はしたいのに」
 暗闇の中で唇を尖らせて、俺のズボンに手をかける。少し荒っぽい手つきで下ろされた。
「だめだよ……ルイくん……」
「やだ」
 大量に飲酒したせいで、そこはパンツ越しに触れられても柔らかいままだった。気持ちよくない。
「……んー、勃たない……、ですねえ……」
 しばらくそこを弄んでいた彼の手が止まる。上から降ってきた声は少し舌足らずで、彼も酔っていることを感じた。
「ん……ごめん……」
「大丈夫ですよ」
 返事をしながら、今度こそ目を開けていられなかった。体力の限界が近い。
「……ひッ!?」
「先輩は、勃たなくてもきもちよくなれますもんね?」
 いつの間にかローションを手に取っていたルイくんにいきなり後ろに指を挿入されて、脱力していた身体が強張った。
「んふ♡ いっぱいしてあげますから……♡」
「うぁ、あっ! やっ、ッ♡」
 指で熱い中を探られる。無理矢理与えられる快感にびくびくと身体が跳ねた。押し込むように前立腺を触られる。
「あぅ、あうぅ、や、だっ♡」
 後ろからの快感だけで確実に絶頂へと追いやられていく。視界がぐわぐわと揺れる。だめ、おかしくなる……!
「ん……♡ 先輩が、エッチになっちゃうとこ♡」
「あ、あっ♡ あっ! ひぐ、ッ♡」
「ほら、きもちいですよね?」
「~〜っ! あぁあっ……!」
 腰ががくがく震えて、力が入らない……。
「ふふ、かわいい」
 俺を追い詰める指はそのままで、顔を覗き込んでくる。ルイくんも、いつもより熱っぽい肌をしていた。
「先輩、すき」
 耳元に口を寄せて、囁くようにそう言われる。
「っ、んぅっ……!」
 それだけなのに快感に襲われた。
「ねえ、好きです」
「あっ♡ んっ、ひ、んっ……♡」
「好き♡」
 多幸感が広がって、頭の奥が痺れるようだった。
「っ♡ あっ♡ はぅ……♡」
「先輩も、言ってください」
「あっ、えぁ……?」
「好きって、言ってほしいです」
「ん……♡ すき……♡」
 ルイくんの目を見て、何かに突き動かされるようにそう言う。
「ん♡ 嬉しい……♡」
 俺の力の入らない太腿を割り開いて身体を滑り込ませてきて、だらりと垂れた脚を開かされる。
「あ……♡」
「このまま、セックス……♡ しよ……♡ ね?」

 うつ伏せになったまま、後ろから突かれる格好が恥ずかしい。
「あっ♡ あっ、あ゛ぁっ♡ んぐ、あぁっ♡」
 相変わらず俺のものは勃起しないままで、ただとろとろと濡れているだけだった。それでも軽い絶頂のような感覚が度々訪れて脳が蕩ける。
「ん……♡ 先輩の身体、すごいびくびくしてますね……♡」
 ルイくんが俺の腰だけを掴んで揺さぶる。そういうことをするためだけのような扱われ方が惨めで恥ずかしかった。
「せんぱい……ね、ほんとに俺のこと好き?」
 また確かめるように彼が問う。
「俺が一番なんですか?」
「一番、好きだよ、っ……」
「ほんとに?」
「ほんと、だよ」
「証明してください」
「……」
 どうすればいいのかわからなくて揺すられながら顔だけ振り返ろうとする。力の入らない身体ではその姿勢を維持できなくて、すぐにシーツに沈んでしまった。
「あ、ぁ……♡」
 髪を掴まれて頭をベッドに押し付けられる。
「ちゃんと言って」
「……す、き」
「もっと」
「んぐ……だいすき」
「ん……おれも、です、はあ……♡」
 お互い呂律が回っていなかった。ひどくされながらも、好きと言われて、彼が俺と身体を繋げて気持ちよくなっているのを感じると、今はそれが幸せなような気がしてくる。アルコールで重くなった身体はその心地よさの中にゆっくり沈んでいって、シーツに顔を押し付けながら喘ぐと、少しずつ酸素が奪われていく。苦しくて気持ちいい。しばらくそんなふうに快楽に浸っていた。
「はー……んっ、はぁ……♡ ん……♡」
 背後から荒い息遣いだけが聞こえてくる。やがて中のものが脈打って、じわじわと熱い液体を粘膜で感じた。
「あ……なか……♡」
 生で出された。でももう、抵抗する気力は残されていなかった。
「ん……」
 引き抜かれる刺激でまた身体が震えた。内臓がぬめっている感覚が生々しかった。
「ふふ……先輩……♡」
 ルイくんが隣に寝転ぶ。寝返りを打つと、出された精液が太腿を伝った。
 ルイくんが汗で顔に張り付いた髪をかき上げる。長い睫毛が濡れているのが、とても聖なるもののように感じた。
 しばらく沈黙が流れる。温もりが残ったシーツに意識がとろとろと溶け出していくようで、目を閉じた。
 シーツの上に敷いたバスタオルを洗濯しないと。散らかした酒の缶と瓶とペットボトルを片付けないと。それから……。
 このまま寝てしまいたかったけれど、そういうわけにもいかない。理性と本能が戦う中で、ふと思い出した。
『先輩がかわいそうであればあるほど、それを肯定する俺の魂が綺麗になっていく気がするんです』
 まどろみの中ではぼうっとして思考がうまくまとまらない。
 彼が俺の手を引いて立ち上がった。
「シャワー浴びましょう」
「ん……」
「せんぱいの中、きれいにしてあげます」
「え……?  じ、自分でできるよ」
「俺がしたいんです」
「わ……わかった」
 腕を掴まれて立ち上がる。背中から腰にかけて引きつるように痛かった。ふらつく足取りで浴室までついていく。
 まあ、いいか。
 身体を洗って、ぬるくなった湯船にお湯を足して、ふたりで膝を抱えて浸かる。ワンルームの浴槽はふたりで入るには狭かった。

 浴室から出る頃には外は薄明るくて、カーテンの隙間から赤い光線が部屋に差し込んでいた。
 もうすぐ夜が終わる気がしている。