Hidden Ribbon - 3/4

「おかえり侑司さん」
 玄関を開けると、にっこり笑った義弟に出迎えられる。
 今日は黒いオーバーサイズのTシャツを着ている。下には何も履いていない……ように見えて一瞬ドキドキしたが、短い丈のショートパンツを履いていた。
「……ただいま」
 なんだか落ち着かない気分で返事する。
「今日は俺バイト休みなんだけど、来ちゃった」
「…………」
 いや、来ちゃったって言われても。
 先日の一件以来、凪くんへの接し方に悩んでいる。そそくさと部屋に上がる。
 手を洗って着替えて、いつも通りの帰宅後のルーティンをする。
 ……本当に、彼が何を考えているのかわからない。
 告白されて、キスされた。ちんこも触らされた。その事実が未だに信じられなくて、でも彼の綺麗な顔を見ると思い出してしまいそうで、俯きがちにキッチンへ向かう。
「今日泊まる?」
「え、いいの?」
「金曜日だし、いいよ」
 もとよりそのつもりなのではないだろうか。わざわざ俺から言い出させるところが彼らしいというか何というか……。
 冷蔵庫の中を確認していると、彼の気配を感じる。振り返るとひどく近い距離に彼の顔があって驚いた。
「っ!?」
「俺、何か買ってくる?」
「えっ」
「夕飯」
「あ、ああ……」
 いつも通りの会話だった。俺ばかり意識しているようで恥ずかしくなって、動揺を悟られないように顔を伏せる。
「行ってくるよ」
「うん……」
 彼が離れて、バタンとドアが閉まって、溜息をつく。
 彼の体温を感じるとあの日のことを思い出してしまう。キスされて、彼の昂った性器に触れさせられて、告白されて――。
 俺の手に擦り付けて快感を得ている彼と、その背徳感に興奮してしまう自分。他人の温度をこんなにも近くで感じたのは初めてだった。
 彼の汗ばんだ肌や荒い呼吸を思い出すだけで変な気持ちになって、慌てて首を振った。
「考えるな……」
 自分に言い聞かせるように呟いてベッドに倒れこむ。そのまま大きく息を吸って柔軟剤の香りで脳を満たす。
 意識すると、一週間の疲れがどっと押し寄せて目が開けられなくなってきた。だめだ、このままでは寝てしまう……。
 そう思うも身体が柔らかな布団に溶け出すようで、俺は意識を手放してしまった。

 首筋にくすぐったい感覚がして覚醒する。
 ベッドに腰かけた凪くんが俺を見下ろしていた。
「ただいま」
「……ごめん。寝てた……」
「ううん、いいよ。仕事大変そうだもんね」
 そう言って、右手で俺の襟足を弄んでいる。されるがままになっていると、彼はおもむろに俺の横に手をついて、覆いかぶさるような姿勢になる。起き上がろうとするも身動きが取れない。
「寝てる侑司さん、かわいかった」
「え」
「ね、あれから俺のこと意識してくれた?」
 そう言って俺の首筋を撫でた。指先が触れるか触れないかの距離でゆっくりと滑っていく。
「っ……!」
「俺のこと見て」
 視線を合わせると、彼の瞳は少し熱を帯びているように見えた。
「またしたい」
 そう言って俺の唇をなぞる。
「嫌?」
「えっと……」
「お願い」
 まだまどろむ頭に囁き声が響く。
 ちゅ、と音が鳴ったと思ったら、柔らかいものが押し当てられた。それが彼の唇だとわかるまでにそう時間はかからなかった。
 角度を変えて口づけられる。そのうち舌先で下唇を舐められて、驚いて声が出そうになるのを堪える。
 ぬるりと侵入してきた舌に優しく吸い上げられると身体の奥がじんわり熱くなった。重力に従って彼の唾液が流れ込んできて、飲み込むと頭がくらくらする。
「かわいい」
「っはぁ……、は……だめ……」
「なんで?」
「兄弟だから……」
 止めなくてはならないと思った。彼の気持ちは本気かもしれないが、まだ受け止めきれない。距離の縮め方についていけなくて、頭がいっぱいになる。
「……じゃあ、キスはやめる」
 そう言って彼は俺の額に額をつけるくらいの距離で顔を寄せる。
「……っ!」
「何もしないよ」
 そう言うが、吐息がかかるくらいの近さに心臓は早鐘を打つ。
「侑司さんこういうの慣れてないよね」
「こういうの、って、」
「ガチ恋距離的な」
「ガチ……?」
「そう。俺、結構本気で好き」
「……」
「キスも、それ以上のこともしたいと思ってる」
「それ以上って……」
「セックス」
 彼の顔に似つかわしくない、あまりに直接的な単語を告げられて目を白黒させる。
 彼の目は真剣そのものだった。手コキさせられたのだから、まあ俺をそういう対象として見ていることは既にわかっているはずだった。でも、やっぱり気持ちが追いつかない。
「ちゃんと考えてほしい」
「え」
「俺とのこと」
 そう言って俺の手を握る。
「今日は何もしないから、一緒にご飯食べてほしい」
「……」
「侑司さんと一緒がいい」
「……」
「嫌ならごめん」
「……わかった」
 そう答えると、彼は安心したように微笑んだ。
 彼のことをどう思っているのか、自分でもよくわからない。
 けれど、このまま流されてしまったら。
 このまま彼に身を任せてしまったら、どうなるのだろう。
 そんな考えが頭を痺れさせて、俺から理性を奪っていく。