Hidden Ribbon - 4/4

 胸元の開いたピンクのワンピース。その上にフリルのエプロン。ヘッドドレスにはレースの兎耳と大きなフリルが付いている。
 強いフェティシズムを感じるメイド服である。
「洗濯しないといけなくなったから持って帰ってきた」
 と、凪くんが言う。
「そっか……」
 お店がクリーニングとかしてくれないのだろうか。そう思うも、俺がよく知らないだけで、コンセプトカフェというものは大変なのかもしれない。
 そもそもなぜ俺の部屋で着る必要があるのか。仕事が終わってスマホを見たら凪くんからいつものように連絡が入っていて、今に至る。
 凪くんはベッドを背もたれにして床に座る俺の隣でエプロンのフリルをぱたぱたと手で弄んでいる。
 しばらくそうしてから、俺に向き直った。
「これ着たままえっちしよ」
「……!?」
 あまりにあっけらかんと言われて固まる。
「な、な……」
「この前言ったよね。侑司さんとそういうことしたいって」
 言われたけど、言われたけど……! こんな直球に話題に出されると思っていなくて心臓が跳ねた。
「い、今はだめだよ!」
「なんで?」
「だって、俺凪くんのことそういう目で見てないし」
「そういう目で見てたらしてくれるの?」
 距離を詰めてくる。膝立ちで俺を見下ろして、にこりと笑った。
「考えてって言ったよね、俺」
 長い睫毛が震えて、しっとりとした肌に影を落とす。
 仕事終わりの彼のメイクは残ったままで、前髪に少し隠れた目は黒いアイラインで印象が強く感じる。三白眼ぎみの目にまっすぐ見られると、縫い留められたように動けなくなってしまった。
 化粧品の淡い香りと香水が混ざり合った彼の匂いを感じる。
 また彼のペースに巻き込まれて、欲が、俺にしのび寄ってくる。
 凪くんの手が俺の手に重なって、強く引かれた。前のめりになって、手が彼の開いた胸元に導かれる。
 彼は男で、露出したそこの肌には膨らみはない。けれど、その仕草がまるでいけないことのようにどきどきさせられるほど、今の雰囲気は扇情的だった。
「はっきりしない侑司さんが悪いから」
 凪くんが俺の指先に口づけた。
「!」
 生温かい舌が指の腹に触れる。爪の先にピアスの固い感触が当たって、肩が小さく揺れる。ちゅぷ、と音を立てて吸い付いては舐めてを繰り返される。
「ん……」
 凪くんが鼻にかかった声を上げる。動けなかったし、目が離せなかった。
 彼の舌で俺の指が弄ばれている。
 俺の指が彼の口の中を蹂躙している。
「……今自分がどんな顔してるかわかる?」
 口を離した凪くんの、ひそめられた声が耳の奥を撫でるようで、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「侑司さんのその表情見ると、俺すごく興奮する」
 自分の呼吸が、急速に塗り替えられた空気の中に溺れていくように浅くなっていることに気がついた。それに、自分のものが少し反応している。背徳的な雰囲気に俺は引きずりこまれていた。
「俺が触るのは、嫌?」
「え」
「侑司さんの、抜いてあげる」
「っ……」
「俺にされるの、想像してみて……ね、」
 凪くんはそう言って太腿を撫でて、ズボンに手をかける。片手はいつの間にか彼の手に抑えられて抵抗できなかった。
 ゆるく勃起している性器が晒される。他人の手に触れられると簡単に硬さを持って、羞恥心と一線を越えてしまった焦りが生まれる。上下に扱かれると気持ちよくて、制止しようとした声は吐息になって押し殺すほかなかった。
「あっ、ぁ……、っ……、うぁ……」
「きもちい?」
「やば、い……」
 凪くんが目を細める。
「侑司さんかわいい」
「ぅあ、あ……」
 だんだん下半身に力が入らなくなってきて、彼に向かって脚を開いてしまう姿勢になってきた。それが恥ずかしくて、ぎゅっと目を閉じる。
「ひっ……!?」
 裏筋に触れられて、ぞわぞわと痺れるような感覚に喉が鳴った。先端から滲む先走りで濡れていて、音を立てる。
 彼はそのまま手をスライドさせて、鈴口に親指をぐり、と擦り付けた。
「や、それ、やだ……!」
「ふふ♡ じゃあいーっぱいしてあげる」
 何度も執拗に刺激される。
「っあ、あ! まっ、て、だめ、ほんとに、出ちゃうから……!」
「いいよ、出して」
 耳元に熱い息がかかる。手の動きが激しくなって、限界を感じた。
「あ……っ!」
 射精感が高まって、目の前がちらつく。快感の波が一気に押し寄せて、少しずつ引いていく。それが静まると、現実に引き戻された気がした。
「……イっちゃった♡」
 彼の手のひらで受け止めきれなかった精液が彼のメイド服に少し付着していた。
「ごめん……」
「なんで謝るの? 侑司さんがちゃんと俺で興奮してくれたんだってわかったから嬉しい」
 彼は恍惚とした表情を浮かべて俺を見つめている。
 ……どうせ。どうせ取り返しがつかないなら……最後まで流されてもいいかもしれない。
 ……考えにもなりきらない言葉の切れ端が浮かんでは消える。
 汚れていない方の手で俺の頭を押さえて、口内を犯すように舌が深く入り込んでくる。上顎をなぞられてぞくぞくした。
 凪くんの瞳が熱に浮かされたように潤んでいる。
「……凪くんもえっちな顔してる」
 唇が離れてから呟いた。
「……侑司さんのせいだよ」
 凪くんが短いスカートをたくし上げた。露わになった彼の陰茎はパンツの中でもう既に勃ち上がっている。
「俺も興奮してこうなったの」
「……っ」
 ぐいっと腰を押し付けられる。
「このまま犯すよ」
 耳元で低く囁かれて、俺の身体には力が入らなかった。

「あっ……♡ うぅ、っ、あぁ……♡」
 ベッドに押しつけられて、身動きできないまま後ろに指を挿入されている。下半身の感覚はぐちゃぐちゃで、自分のものじゃないみたいだった。
「あ゛っ、っ♡ もう、やだっ……!」
 中に刺激されるとものすごく反応してしまう場所があり、そこをかりかりと掠めるように責められて、俺はずっと快感に喘いでいた。
「えー、それってもう、挿入れていいってこと?」
 凪くんのからかうような声が耳をくすぐっていく。
「準備してるだけなのに気持ちよくなっちゃってるんだねぇ……♡」
 凪くんが孔を広げて見せるように二本の指をくぱ、と開く。ローションが垂れて粘着質な音が立って、羞恥で涙が滲む。
「うぅ♡ 音、聞かないで……、もう、もうっ、いい……! お尻、もういいからっ……!」
 顔だけ振り向きながら必死に訴えると、膝立ちになっていた凪くんの顔が見えた。メイクで整えられているはずの顔が薔薇色に紅潮している。目にはぎらぎらとした欲が灯っていて、その視線で腹の奥がきゅん、としたような気がする。
「なんかさ、こうしてるとそーゆーお店みたいだよね。コスプレした女の子にアナル責めてもらうみたいな?」
 凪くんは後ろ手に何か準備をしていたが見えなかった。中身がないパッケージが放られて、ゴムを付けたのだとわかった。
「まあ、俺は女の子じゃなくて。侑司さんはこれからチンポされちゃうんだけど……♡」
 ぴと、と尻たぶに熱が触れるのを感じる。茹だった頭から、追い詰められた身体から、その熱に降参するように理性が失われていく。
「あ、あっ! ~~っ……♡」
 挿入された。腰に凪くんの手が回されて、肉壁を割り開く質量から逃れられない。
「はぁっ♡ はぁ……♡」
 凪くんの熱っぽい吐息が聞こえてくる。一方的にされるばかりだった俺が、今度は彼に恥ずかしい声を出させているという状況に、何かがぷつりと切れたような思いが去来する。
 俺と義弟はお互いしばらく必死で、無言で下半身を寄せ合って喘いでいた。
「……侑司さん、動くよっ……」
 頭上から掠れた声が降ってくる。フリルで隠れた結合部から卑猥な音が断続的に響いてくるまで、そう時間はかからなかった。
「ん゛っ♡ う、んあっ、あ゛っ♡ あ、」
「はッ、っ♡ っはぁ、はぁ……♡ ね、ここ好き……?」
 倒錯的な景色に脳まで侵されていくような気分になる。
「ぅ、あっ、す、すきじゃな……♡ あ゛ぁっ、ふっ、ん……♡」
「ふーん……、嘘つき」
 抽挿が速くなって、突かれる度に凪くんの熱が気持ちいい箇所をごりゅごりゅと押す。
「あ゙っ♡ あぁっ、ぉ、あ゙っ♡ お゙っ♡ ほぉっ♡ ゃだ、こえ……! んぐっ♡」
 強くされると、押し出されるように汚い声が出てしまう。
「あは……♡ 侑司さん下品な声出てる……♡」
「あ゛ぁっ……! や、聞かないで、ぇあ゛っ、オ゛ッ♡ ふっ、ん゙ぅ……! お゛ぉおッ♡」
「我慢しないでいいんだよ?」
「あっ、あ゙ぁッ♡ お゙っ♡ っ、お゛っ……♡ あ゙っ♡」
 快楽の波が押し寄せる間隔が短くなってきて何も考えられない。
「ん……♡ はぁ、ね、俺にやられちゃうの、どんな気持ち?」
「ひぅっ♡ あ、あ゙♡ あッ、お゛っ♡」
「俺のこと、えろい目で見てたもんね……♡ うれしい? ……とか、ふふ♡」
 興奮した凪くんが熱に浮かされたように囁いて、いっそう奥を刺激する。
「んオ゛っ!? お゛、あ゙ッ……! うあ゙ッ、あっ、ほォ……♡」
「ん、俺も、おれもっ、もう……、やばいかもっ……♡」
「お゛っ♡ あっ、あ゛っ! お゛、ほぉッ、っ♡」
「侑司さんっ……♡ 俺、本気だからっ、大好き、だいすきぃ……♡」
「あ、あッ、やば、いっ♡ い゙く、ぅ……!」
 大好き、と身体に教え込まれるように押さえつけられて、暴力的な快感を逃せないままいつもと違う長い絶頂の感覚に陥った。
「~~っ! あ゙、あ……♡ はっ……♡ あ、ぁ……♡」
 中のものが脈打つのが伝わってくる。
「あー……俺も出ちゃった……♡」
 意識と無関係に孔が収縮して、その度に甘く声を漏らしてしまう。
 肉体から乖離したように高められた意識が少しずつ現実と癒着し始める。
 余韻に浸るようにゆるく腰を動かしている彼は、挿入したまま上半身を倒してくっついてきた。フリルがちくちく肌に刺さる。
 彼の肌も少し汗ばんでいて、いつもまっすぐ整えられている髪が乱れていた。誰も知らない凪くんの姿が俺だけに向けられていることに興奮した。
 いつも多くの人に求められている彼が、義兄の俺に欲情して……俺は彼に征服されてしまったことに仄暗いものを感じて胸がきゅんと苦しくなる。名前を付けるのは躊躇われるほど、インモラルな感情だった。
「侑司さん……」
 いつになく余裕がなさそうな声色で名前を呼ばれる。
 俺の方が、やばい恋をしているのかもしれない。キスをして、好き、と答えてからそう思った。