dopamine - 2/3

高慢な兄が、不仲だと思っている弟にめちゃくちゃオカズにされているし、めちゃくちゃ開発されている弟×兄。

 

 最近、弟の様子がおかしい。
 七歳年下の弟は、十代のうちからいつも帰りが遅かったし反抗的で、私から言わせれば不良に近く、実家から半ば追い出されるようにして私の家へ住み始めた。
 私が暮らすマンションは一人暮らしをするには部屋が多かった。それは学生時代に交際していた恋人と結婚を前提に同居していたからで――相手が出ていったので、そこに付け込まれるようにして二人暮らしが始まった。
 弟は、今は通信制の大学に通いながらアルバイトをして生活している。私が出社する時間には寝ていて、私が眠る頃に帰ってくるから、顔を合わせることも少ない。こちらとしては、ただでさえ年齢が離れている上、家族に迷惑をかけ続ける男となるべく接触せずに済むのは正直ありがたかった。そんな中でも感じ取った異変というのは――。
「……」
 帰宅してシャワーを済ませた後、髪を乾かす前にリビングで水を飲んでいた。今日は初夏にしては蒸し暑く、熱い湯を浴びると軽いめまいがしそうなほど息苦しい。
 ソファに腰かけながらテレビのニュース番組を見ていたが、内容が頭に入ってこなかった。その原因が弟だ。
 大きいクッションにもたれながらスマホを触っているようで、弟の視線はちらちらとこちらに向けられている。
 最近、弟から見られている、と感じることが多い。以前まではほとんど顔を合わせることがなかったのに、最近帰宅するとやたらと家にいる。聞くとバイトのシフトが変わったとかだったが、自室に戻らず、何故か共用スペースにいることが多い。
「……すばる。何かあるのか?」
「……」
「……おい」
「……別に。関係ねえだろ」
 聞いてみてもこのとおりだ。
 私は嘆息しそうになるのを堪えて立ち上がった。テレビを消し、肩にかけていたタオルでもう一度頭を拭った。
「エアコン、点けておくからな」
「……おれもう部屋戻るから」
 自分勝手な会話に嫌気がさす。私は今度こそ溜息をつきながら洗面所に向かった。

 翌日は金曜日だった。会社で設けられたノー残業デー、という定時退社を促す曜日である。私はいつもより早めの電車に押し込められて家へ向かっていた。
「この後飲み行くんですけど、梓野しのさんもどうですか?」
「あー、梓野さんはお酒ダメだから」
「すみません、そうなんです。また機会があれば」
 私が酒を飲めないことは同僚たちには知られているので、あまり積極的に顔を出してはいない。空気の読めない後輩に貼り付けた笑みを返して断った。
 ……だが、この混雑であれば無理にでも付き合って時間をずらしてから帰ればよかったかもしれない。相変わらずの蒸し暑さに一日働いた人間の匂いが混じって、嫌な汗がにじんでくる。
 満員電車で気分が悪くなった私は、帰宅するとすぐに部屋へ向かった。ネクタイとベルトを外してシャツとスラックスを脱ぎ、下着姿でベッドに倒れ込む。頭がずきずきと痛んだ。
 枕に強く頭を押し付けると幾分か楽になるような気がした。うつぶせのままそうしているうちに、私は眠ってしまった。
「……」

 目が覚める。窓の外は暗かった。
 顔を上げると、頭は少し軽くなっていた。部屋の電気を点ける。
 自分が下着姿で、スーツを放ったままであることに気づいた。立ち上がって部屋着に着替える。
 なんとなく、変な感じがした。部屋の空気に他人の匂いが混じっているような感じがしたのだ。
 小さな違和感を胸に、夕食を摂ろうと部屋を出ると、ドアを開けたところですばると鉢合わせた。すばるは私の姿に一瞬驚いた表情を見せた。
「あ、兄貴……起きてたんだ」
「……ああ」
 気まずいような空気が流れる。
「……お前、夕飯は食べたのか」
「……いや」
「……そうか。私は今から食べるから、余ったら冷蔵庫に入れておく」
「別に、いらねーし」
 すばるはいつもの調子で、私も少し冷静さを取り戻した。
 すばるは顔を逸らして自室へと向かっていった。ドアが閉ざされるのを見届けて、私はまたいつものように溜息をついた。

 夜半、目が覚めた。枕元のスマホを確認すると二時半だった。
 帰宅してすぐ眠ってしまったから、睡眠が浅いのだろう。額に手を当てて寝返りを打つ。
 今日一日の記憶が頭の中を巡る。今日は朝から後輩のミスをカバーしなくてはならず、定時で退社できたのは私でなければ無理だっただろう。それなのにあの後輩はへらへらと私を飲みに誘って、まったく軽い調子で気分が悪い。ああいう奴は社会人としての自覚がなっていない。帰路で少し体調を崩したし、散々な一日だった。
 その時、廊下から足音が聞こえた。すばるがトイレにでも起きたのだろう。そう思ってすぐ意識の外へと追いやろうとしたが、足音は私の部屋の前で止まった。
(……?)
 そして、ドアが開いた。驚いた私は部屋の電気を点けるためにリモコンを探ったが、すぐには見つけられなかった。様々な可能性が脳裏を駆け巡って危険を知らせていた。
 暗闇に少し目が慣れていた私は、部屋に入ってきた人物が部屋着を着たすばるであることを認め、まず侵入者でないことに胸を撫で下ろした。
 しかし、何故だ。
 彼はその足取りでベッドに近づいてきて、思わず寝たふりをした。
 私の財布から金を抜きにでも来たのだろうか? もしそうだとしたら、どうしようか。目をつむりながら考える。
 足元からぎし、と音がしてベッドが揺れた。すばるがベッドに乗り上げたらしかった。
(……!?)
 弟の目的がわからない。いっそう身体を硬くした。
 すばるは私の反応を確かめるようにしてから、掛け布団を捲った。パジャマを着た上半身が露わになったので、私はますます緊張して動かないように努めた。
 すばるの手が、パジャマの上から私の胸のあたりをさすった。突然の接触にびくりと身体を揺らしてしまったが、すばるは気にしていないように続ける。
(っ……)
 そしてあろうことか彼は乳頭を捉え、親指で擦った。
 何往復かそうされるとそこは固くなって主張し出す。
 柔らかい布越しに何度も何度も彼の指が胸の先をかすめる。爪先でかりかりと刺激されるとたまらなくなって、私は気づかれないように少しだけ身を捩った。
(うそだ、こんなに感じるなんて……、何か、なにか変だ、おかしい……)
 そんな程度では胸に走る快感を逃すことができなくて、どんどん甘い痺れが腰を中心に折り重なっていく。このままでは、じっとしていられない。起きていることが、ばれる……!
 そこですばるの愛撫は止まった。助かった。無意識のうちに詰めていた息を細くゆっくりと吐き出すと、暗闇の向こうですばるが身動きをしているのがわかった。
「はー……♡」
 熱っぽい溜息が聞こえる。何をしているのかはわからなかったが、依然近くに気配を感じる。中途半端に高められた身体の疼きは収まらない。
 すばるは相変わらず、たまに深い呼吸をするように息を吐くばかりだった。と、おそらく彼が姿勢を変えて、いっそう近くに気配を感じるようになった。
 しゅ、しゅ、という衣擦れの音が規則的に聞こえる。そして、だんだん間隔が短くなる荒い息づかい。
(もしかして……)
 彼はあろうことか、陰茎を扱いて自慰に耽っているのではないだろうか。そう考えると今耳に入ってくるすべての情報に納得がいってしまう。
(何を……♡)
 何故、などと今思考しても答えは出ない。それでも私の頭にはこの状況に対する正常な反応――疑問と困惑が渦巻いてやまなかった。しかしそれらを塗りつぶしてしまうように、ほんの小さな水音――きっと彼の陰茎の先を濡らすものだろう――すら聞こえ出して、すばるが放つ熱が私の胸のうちを犯し始める。
 すばるが手を上下させるスピードは相当勢いづいたものになっていた。私は無意識のうちにあわく口を開けていて、慌てて引き結んだ。
(わ、私が……性的対象として見られている……?)
「ぅ……兄貴……っ♡」
 その考えはすばるが小さく漏らした声によっていっそう確信めいたものになっていく。もはや、胸を叩く鼓動の音が自分からしているのか、彼からしているのかわからないくらい、すばるの熱は私に届いていた。
 そして。
「はぁ、はっ……出るっ……♡」
(う、うそっ……)
 押し殺された声がして、衣擦れの音が停止した。数秒してから、息を止めていたように切迫して呼吸を繰り返すのが聞こえる。
 眠ったふりをしながら、私は弟の絶頂を全身の神経で感じ取っていた。
 荒い呼吸が収まると、ベッドから下りてティッシュを引き抜く音と身支度を整える音がして、摺り足で彼が去っていった。
 ドアを閉める際に、少しだけ軋んだ音がした。後は無音だった。数分経った頃、私はそっと上半身を起こした。
 胸に手を当てると、まだ心臓がどきどきとしている。膨らんだ乳輪に指の側面が当たって、また腰のあたりに甘い疼きが生まれた。
(これから、どうすれば……)
 頭が痛くなる心地で私は再び上半身を倒した。枕に頭を預けていると、ずっと緊張していた状態から解放されたためか、意識が波のように遠ざかっていくのを感じた。重力に任せて目をつむり、私は考えることをやめた。