dopamine - 3/3

 土曜日。リビングでコーヒーを飲んでいると、昼近くになってすばるが起きてきた。
 彼はいつもどおり挨拶などせず、無言で前を横切ってダイニングへ向かう。昨夜あんなことがあったのに、すばるがこの家で平然と過ごしていることに怒りが湧いてきた。
 しかし、何と言えばいいのかわからないことも事実だ。起きていたことが知られれば、その時に制止しなかった私にも非が生まれてくる。それに、すばるの愛撫で感じてしまっていたこともばれてしまうのは非常にまずい。
 ぐるぐると考えていると、食事を終えたすばるがリビングに戻ってきた。
 ……ああ、まただ。また視線を感じる。定位置のようにクッションに背中を預けながら、ソファにいる私を見ている。
 その視線の意味を知ってしまった。どろりとした欲望が込められて、じっくりと私を犯す視線。
 すばるは今、何を考えているのだろう? 昨夜私を呼んだ掠れた声を思い出した。
 いつの間にか手にじっとりと汗をかいていた。意識したら、顔に熱が集まってくるのを感じる。誤魔化すようにコーヒーをあおって、マグカップを片付けに行くために立ち上がった。
 その後は、ずっと自室で過ごした。顔を合わせると知らないふりができそうになくて、私は一日をどぎまぎとしながら終えた。
 夜になり、やっと一息ついた心地でベッドに横たわる。また夜半にすばるが来るのではないかと考えもしたが、昨日の今日で何かしてくることはないだろうと結論付け、なるべく考えないようにしていた。弟が兄に欲情しているということを受け止められそうになかった。
(そうだ、考えるな……)
 電気を消して闇の中微睡む。
 目を閉じると心臓の音がやけにはっきり聞こえて、中々寝付けない。

 どれくらい時間が経っただろうか。自分が何かに耐えるように声にならない声を発していることに気づいて、私は目を開けた。
(えっ、~~っ……!)
 次に感じたのは、甘い衝撃と違和感だ。それは快感に似ていて――というよりそのもので――混乱して身を捩ったが、蹂躙する手は止まない。
 目を白黒させながら視線をやると、私の下半身に覆い被さって、すばるが、その、し、尻穴に指を突っ込んでいた。
 私のそこは彼の指を二本咥え込み、ぐちゅぐちゅと不自然に淫靡な音を立てている。
(なにっ……♡ なんで、こんなことッ……♡)
「ぁ……♡ ぐ、っ……♡」
 押し出されるように小さく声が漏れてしまう。すばるに起きていると気づかれるかと思ったが、気に留めない様子で出し入れを繰り返している。
 彼はある一点を挟み込むようにずっと刺激し続けていて、それがたまらなく気持ちいい。指が当たるたびに知らない快感が背筋を走る。とんとん♡ と小刻みな動きでタップされると耐えられなくて、勝手に頭が振れる。喉を反らしてしまう。それでもこの気持ちよさから逃げられない……♡
「っ♡ う……♡ ん、んっ……♡」
「はぁ……♡」
 そして、また熱を帯びた吐息が聞こえる。
 弟が興奮しているさまを感じると、私の頭は茹で上がったように何も考えられなくなる。すばるの身長は私とほぼ変わらないので、押さえ込まれるとただでさえ抵抗するのは難しい。
 一点を責め続けていたすばるの指が、今度は孔を広げるように動いた。くぱ、と中を見せつけるように広げられた肉壁は、私の意志と無関係に呼吸するように収縮を繰り返している。ひくひく震える内側が晒されているのが恥ずかしく、私は腕を強く目元に押し当てて羞恥を堪えた。
 指が抜かれた。少しの沈黙。
「……なあ、起きてるんだろ」
 少し掠れた声でそう言われる。その声には確かに興奮が滲んでいた。
 どうすればいいかわからない。頭の中で警鐘が鳴る。身体に力が入らなかった。
 このまま我慢を続ければ、また自慰をして去っていくかもしれない。今ここで何もプランがないまま彼を叱りつけるより、日を改めて確実に私が優位に立てる状況で、冷静に事を進めた方が良いことのように感じられた。
 すばるはしばらく私の反応を待ったが、寝たふりを続けると息を吐いて何か身動きをしていた。
 すると、すばるは私の太腿を抱え込む。えっ、と思っている間に硬くて熱いものがアナルに触れた。そのまま侵入が始まる。
(これっ……♡ 挿入はいってる……♡)
「~~っ、すばる、やめ、やめなさいッ……♡ あ、あ゛っ……♡」
 上半身を起こそうとして上手くいかず、下半身のみを浮かされて脚を開かされた屈辱的な姿勢で私は弟に抗議した。その間にもすばるの陰茎は押し入ってくる。
「やっぱり、起きてんじゃん」
「あッ、ふざけるなよ……! オ゛ッ♡ あ、やめ、抜いてっ……!」
 嘘のように柔らかく弟を受け入れる私のそこ、急所に触れられていることに恐れて、言葉尻は情けなく震える。もう互いの腰が触れ合いそうなほど深く挿入されていて、勝手に喘ぎ声が漏れてしまう。
「あ゛っ♡ あ、ああ……うそ、うそっ……♡ なんで、ひッ♡ オ、オ゛ぉっ……♡」
「兄貴のここ、もう性器だから……♡」
 私の混乱に対して看過しがたいことを言われたが、それどころではなく、びくんと身体が大きく跳ねて止まらない。一線を越えそうなところまで高められている。
 すばるは闇の中でもわかるぎらついた目つきで小刻みに腰を揺すり始めた。
「あ、あっ、あ゛ッ♡ う、ぐっ♡ あ、んお゛ぉっ! オ゛っ♡ オ゛っ♡」
「あー……♡ はっ、ハァっ♡ んっ……♡」
 ぐっしょりと濡らされた孔はすばるの自分勝手な動きにも応えるように陰茎を包み込んで、前後の動きに合わせて媚びるように締め付けを繰り返している。制御不可能なその動きで勝手に快感を拾って、突かれるたびに声が出てしまっていた。
 先ほど指で責められていた部分に先端が押し付けられて、脳がスパークする。
「オ゛おっ!? っ、っ♡」
「ぅあ、締め付けヤッバ……♡」
 電流のように背筋から脳にかけて変な感覚が走った。情報が処理しきれないまま何度もそれが続く。ただ、気持ちいい♡ と思った。
 完全に、征服されている♡ ぐりぐりと気持ちいい箇所で勝手に性器を扱かれて、力んで収縮する動きを楽しまれている♡ 弟が腰を打ち付けるスピードはどんどん速くなっている。
「おっ♡ ほぉ゛ッ♡ んオ゛っ♡ あ゛、あ~~~~っ……! あんっ♡ あ、オ゛っ♡ お゛ッ♡」
「はーっ♡ ん、ぐっ……はぁっ、 ハッ♡ はぁッ♡ 兄貴、ぁ……♡」
(これッ、完全に、セックス……♡)
 M字に開脚させられ、弟に性欲をぶつけられる自分の姿を俯瞰的に想像して、ゾクゾクっ♡ と震えた。揺さぶられる下半身が変に緊張して、痙攣するようにガクガクと震え始めた。
(あ、嘘っ……♡ イきそうになってる♡)
 私は抵抗することを思い出し腹筋に力を入れて上半身を起こそうとしたが、力むとより深く挿入されてしまい、結局私の脚を抱え込むすばるの腕に情けなくすがることしかできなかった。
「オ゛っ♡ オ゛っ♡ ほォっ♡ っ、す、すばる! っ♡ やめ、もうやめろっ……♡」
「っ、今更、やめられるわけねーだろっ……♡」
 涙目になってみても、本気のピストンは止めてくれない。そうしているうちに、頭の中に波のイメージが浮かんだ。押し寄せては引いていくその波が、私の一線に到達しそうになっている。駄目だ、このままでは、本当にイってしまうっ……♡
「あ、たのむ、頼むからっ♡ もうだめっ♡」
「うるせえ、黙ってちんぽ扱きに徹してろよ……♡」
「んああ゛っ♡ ん、ん……!?」
 暗闇の中で唇が塞がれた。下唇に歯が軽く当たって、キス、されているのだとわかった。
(なんで……♡)
 舌をめちゃくちゃに絡め取られて、息ができなくなる。じゅっ、と音を立てて吸われると、飲み込み切れない唾液が唇のふちから少し垂れた。
 息を詰めていることでどんどん身体は絶頂へ近づいていく。快感を逃がすために暴れそうな下半身を固定され、上からガンガン突かれている。私の性器は痛いくらい張り詰めて、無様に揺れる。
「ん゛っ♡ ん゛っ♡ んぐ……っは、あ゛あぁっ♡ お゛っ♡ オ゛ぉっ♡ ~~っ!」
「ん……♡ はあ、兄貴、あにきッ♡ 寝てる間に、おれに、開発されまくって……ハァ、だからっ……♡ もう雑っ魚い身体になってんだよ……♡」
「ほぉ゛ッ♡ あ、な、にゃ、……んでっ、くッ♡ あ、ぃくッ♡ い、ぐぃくいくっいくっ……!」
「イけっ……♡ おれも、出すっ……♡」
「ぐ、ぅうぅ~~~~っ♡」
 腰を中心に強い痙攣が全身を襲った。ビクンっ♡ ビクンっ♡ と頭の先から爪先までが大きく震える。ベッドがいっそうぎしぎしと音を立てる。アナルはぎゅうっ♡ と陰茎を締め付けて、そこからドクドクと熱を感じた。
「っはあッ、ハアッ、ぐっ……♡ はぁっ♡」
 すばるが走った後のような呼吸を繰り返していて、ゴム越しに射精されたことを感じた。全身の痙攣が収まると、私は甘い倦怠感の中に浮かんでいた。すばるの腕にすがっていた腕が力を失ってシーツに転がる。
 こんな多幸感に包まれるような絶頂を今まで知らなかった。背中に汗をかいている。
 陰茎がずるりと引き抜かれて、それだけでまた快感を拾ってしまって小さく声を上げた。先ほどすばるが熱に浮かされたように口走っていた、寝ている間に――というのは事実なのだろう。こんな性感帯に覚えがない。
「すばる……」
 力のない声で馬乗りになった彼を見上げる。長い前髪の隙間から見下ろされている。欲望を隠さない目つき。
「お前、後で覚えておけよ……」
 私は酷い怠さに身を任せて意識を手放した。暗闇に紛れる弟の輪郭がその日最後に見た景色だった。