ワンナイト・アルカホリック - 3/3

 灯くんの右手が俺の肌を這っている。乳首をいたずらにくすぐって、つつ、とお腹の方に降りていく。臍から、鼠蹊部。左手はすっかり萎えていた俺のちんぽを握っている。
「次はちゃんと倫人さんのことも気持ちよくしてあげますから、安心してくださいね」
 そう言われて、後ろから抱きしめられるみたいな姿勢で触られている。俺はシーツの上に縫い止められたように動けなかった。
(に、逃げ……? でも、どうやって……、う、うう)
 灯くんが怖い。しかし、されるがままの俺は、気持ちと裏腹にとろとろと炙られるように快感に少しずつ飲み込まれていた。
 裏筋をなぞって尿道を弱めにくちくちと刺激される。ゆっくりと先端が濡れ始めて、誰が見ても感じていることがわかるように滑りを増していく。
 右手は乳首を触っていて、勃起した中心を押しつぶす動きを繰り返している。右の乳首だけ散々弄られて、放置されている左側が疼く感じがして、無意識に腰を揺らしてしまった。
「あっ!」
 灯くんの右手が左の乳首を触る。期待していたみたいなそこは一瞬にして硬く尖って、突然の刺激に俺は声を上げた。
 器用に上下の性感帯を気持ちよくしてくれるから、俺のちんぽは今やすっかり上を向いている。くたりと灯くんに背中を預けてしまうと、亀頭を指先でかりかり♡ とされてまた身体が緊張する。
 気持ちが揺らぐ、灯くんへの「ヤバい奴」という印象が、彼のテクでうやむやになり、またときめきへと傾いている。我ながらチョロすぎる。でも、気持ちいい……♡
「ぁ、あっ……、っ♡ う、ん……♡」
 左手で扱くスピードが速くなって、快感を追うのに全身が必死になっている。
頭の中は気持ちいい♡ にどんどん侵食されていく。気持ちいい、欲しい、気持ちいいのがもっと欲しいっ……♡
 その時、灯くんの右手がす、と胸を離れた。そのまま鳩尾のあたりをさすり出す。
(な、何……)
 そして腹筋もついていない無防備な腹を、三本の指を尖らせるようにしてぐっと押された。
「お゛ッ!? あ、やだ、っ、ひっ、吐いちゃう、吐いちゃうっ……!」
「いーんですよ、吐いちゃえ……♡」
 気持ちよさでふわふわしていた身体を急速に不快感が襲い始める。抵抗しようにももう片方で急所を握られているから大きく動けない。
 追い詰められて、俺は情けなく懇願することしかできなかった。
「やだ、やめてよっ……うッ、むり、無理だって……!」
「無理じゃないっすよぉ、がんばれがんばれ♡」
 やっぱり灯くんはおかしい。ひどい、酷いっ……♡ そう思うのに耳に流し込まれるみたいに囁かれると腰の中心がきゅんきゅんしてしまう。
 左手が射精を促して動く。右手が腹部を圧迫する。精液が尿道を上ってくる。胃液が食道まで逆流する。
 俺は格闘の末、結局またシーツの上で嘔吐く羽目になってしまった。また幸いにも胃液まで吐き出す惨事にはならなかったが、しょっぱい唾液が口を痺れさせる。一回目と違っているのは、同時に無理矢理絶頂に導かれて、甘い倦怠感でぼうっとすることだ。一所懸命呼吸をしながらも、まるで宙に浮いているように胸がじんわり満たされている。相対する感覚が気持ち悪いのに、何も考えられなくて、半分泣きながらよしよしとするように灯くんに背中をさすられているのを享受していた。
 後ろから顔を擦り寄せられて抱きしめられるけど、その腕から逃れて灯くんに向き直る。
「なんでこんなことするの、酷いよっ……!」
 泣きかけていた俺は灯くんの興奮を宿した昏い表情を見たら本格的に涙が滲んだ。誰にも見向きをされなかった俺を手厚く助けてくれて、いい人だと思ったのに……。
 灯くんは、こんな仕打ちを受ける前の俺が見たらぞくぞくしてしまうであろう、セクシーな表情を緩めて、くるりと出会ったばかりの時のような「灯くん」の顔になる。
「ウンメーだと思ったんですよ、倫人さんを見た時」
「う、」
 運命。そんな安っぽいことを言われて靡くような状況ではなかったが、言葉選びにどきりとしてしまう。でもときめきの方じゃない。この状況に相応しくない、夢見がちな言葉の異物感に、底知れなさが忍び寄ってくる。
 俺はず、と洟をすすって——酸っぱい感じがして気持ち悪い——涙も恐怖も振り払って、灯くんをきつく睨みつけた。
「も、もう会わない。こんなことするなら……!」
 そういうフェチがある人がいることは理解する。けど、変態は変態同士、同意の上でプレイをしてほしい。巻き込まれてたまったものじゃない。余裕そうに表情を変えない彼にますます強い視線を向ける。
「でも倫人さんも、気持ちよくなってたでしょ」
 そんな、こと。
 顎に手を添えられる。顔を持ち上げられて目が合う。テリトリーに引きずり込まれたように動けなくて、その隙に唇を割り開いて親指が侵入してくる。慌てて口を閉じようとした時には、舌を捕えられていた。
「ん、ん!」
 抗議しようとするも、駄々をこねる子どもみたいな声しか上げられず、俺はまた彼の思うがままにされていた。
 彼の指が摘んだ舌を軽く下に引っ張る。口を上下に開かされた、と思った時には別の指が歯列を越えて上顎を突く。奥から手前になぞられて、苦しさと、別の感じが口蓋を走っていった。
 ぞくり。
 そんな感覚は気のせいではなかった。
「俺といる時は、吐きたいの、俺のせいにしていいんすよー……好きでしょ? ここ、気持ちいいって丸わかりですよ?」
「う、んっ♡」
 ぞくりぞくり。ぞくぞくっ♡
 勘違い、ではない。喉の手前から口蓋を撫でられるたびにもどかしいものが走る。それは、もう少しで「気持ちいい」に繋がりそうな感覚。
「……♡」
 唾液が灯くんの指を汚す。自分の鼻にかかったような声と荒くなった息が遠くに聞こえる。
「あーあ、メロメロになっちゃって……♡」
 くつくつ、くつくつと灯くんが喉を鳴らして笑っている。俺の好きな声だ。甘くて、掠れて、少し低くて……とびきり魅力的な毒みたいな音に頭の中が支配されていた。
「ホテル代とクリーニング代、忘れないでくださいよ。また会いましょーね、倫人さん」
 金色の瞳は、目の前の獲物を決して逃そうとしないように細められた。